「車椅子」
乗る人のいなくなった車椅子は軽い。乗っていたのは母。
それを私が押していた。
たいした距離ではない。
病で体が動かなくなった母をベッドからトイレに連れていくだけだ。
狭い部屋の中が母の生活のすべてになってしまった。
いや、違う。
病気になる前から母はほとんど家から出なかったのだ。
慎ましやかに暮らしてきた母は旅行をすることも遊びにいくこともなかった。
ずっと家の中にいたのだ。
母を車椅子で押してあげるようになって初めて気がついた。
元気だったときに、もっといろいろなところへ連れていってあげればよかった。
遠くへ行かなくてもいい。
住んでいた町を並んで歩くだけでも親孝行だったのに。
後悔の想いが涙と一緒にあふれ出てくる。
車椅子に母が乗ることはもうない。
私が押すことも。
乗る人のいなくなった車椅子は悲しみで重い。
今年、大阪で珍しく降った大雪も、母は病院のベッドの上にいて見ることができませんでした。
写真を見て「こんなに降ったんだ」と驚いていました。